民泊のニュースを見ていると「東京都千代田区は・・・」「東京都台東区は・・・」「大阪府は・・・」「大阪市は・・・」のように、「同じ『旅館業法』という法律に基づいた許可なのに、なんで自治体によって条件が違うの?」と不思議に思われたことはないでしょうか?
なぜ、自治体によって「旅館業の許可」の基準が異なるのかを、わかりやすくご説明したいと思います。
「旅館業法」の「法」とは
「えー!難しそう!面倒くさい!」と思われるかもしれませんが、民泊ビジネスをお考えの人は「旅館業」のルールがどういった法令で規定されているのかを知っておく必要がありますので、我慢して是非読んでみて下さい。
旅館業法の内容に関しては、別ページの『旅館業法とは』でご説明していますが、ここでは「法」という部分に焦点をあててご説明したいと思います。
「法」を知る前に、まず「法令」とは何かを知る必要があります。
「法と法令って違うの?」と思われるかもしれませんが、この二つは全く同じではありません。
それでは、どのように違うのかを見ていきましょう。
「法令」とは
普段聞いていると「法令」も「法律」も同じようなものだと思いますよね。
「法令」というのは、国会が制定する「法律」と内閣が制定する命令(政令)や大臣が制定する命令(省令)などの総称です。
つまり、「法令」は「法律」と「命令(政令や省令など)」の二つを合わせたものなのです。(地方自治体が制定する「条例」を含む場合もあります)
「旅館業法(法律)」とは
「法律」を制定できるのは、国民の代表である「国会」だけです。
「旅館業法」は国会で制定された法律です。
「法律」は少しの改定でも国会の審議を経て決定しなければいけませんので、簡単に改定することはできません。
そうなると、毎年変更する数字や頻繁に変更する細かい作業部分を法律で決めてしまうと運営上支障が出てしまうことがあります。
そこで、通常「法律」は基本的な考えや方向性を示すにとどめています。
「旅館業法」でも「旅館業とはどういったものか」という定義や、どのような場合に許可を与えるかといった基本的なルールを決めています。
「旅館業法施行令(政令)」とは
それでは、「法律」で決めていない細かい部分のルールをどのように決めるかといいますと、法令の「令(命令)」の部分で決めています。
「法律」を補完するために「命令」を制定するのです。
命令の一つである「政令」は内閣が制定する命令です。(「旅館業法施行令」は政令になります。)
憲法では政令に関して「政令にはすべて主任の大臣が署名し、内閣総理大臣が連署し、天皇が公布する (憲法 74、7条1号) 」とされています。
ですから「旅館業法施行令」内閣が制定する命令ということになります。
内閣が制定する「政令」よりも国会が制定する「法律」の方が上位にありますので、「法律(旅館業法)」に反した内容の「政令(旅館業法施行令)」は定めることは出来ません。
4月1日の旅館業法施行令改正
ちなみに、「『4月1日 旅館業法改正』という検索キーワードで検索しても、政府のサイトが出てこないのですが、本当に旅館業法が緩和されたんですか?」というご質問を何件か頂きました。
正確に言いますと、今回2016年4月1日に改正が施行されたのは「旅館業法」ではなく「旅館業法施行令」なのです。(旅館業法施行令の一部を改正する政令の施行等について)
法律の改正は国会の審議を経ておこなわれますが、政令の改定は内閣がおこないますので、法律の改正と比べるとその数も多く、大々的に政府のサイトで政令の改正を公表するようなことは基本的にありません。
2016年4月1日施行の旅館業法施行令の一部改正内容に関しては『ワンルームマンションでの民泊開業が難しい3つの理由』でご説明していますので、よろしければご参照下さい。
「旅館業法施行規則(省令)」とは
政令(施行令)よりも更に細かく自治体の手続方法などの実務を定めて、「法律」や「政令」を補完するのが「省令」です。
「省令」は各大臣が制定する命令です。
「旅館業法(法律)」や「旅館業法施行令(政令)」を補完するために、さらに細かい内容を規定して補完しているのが「旅館業法施行規則(省令)」です。
「旅館業法施行規則」は厚生労働大臣が制定します。
国会が制定する「法律」や内閣が制定する「政令」よりも下位になりますので、「旅館業法」「旅館業法施行令」に反するような規則は制定できません。
「旅館業法施行条例(条例)」とは
条例は各地方自治体(地方公共団体)が法律の範囲内で制定することができる法です。
憲法では以下のように規定されています。
日本国憲法 第九十四条
地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
憲法94条を根拠として、地方自治法でも以下のように規定されています。
地方自治法 第十四条
地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第2条第2項の事務に関し、条例を制定することができる。
旅館業法を各自治体の事情に合わせて補完するために「旅館業法施行条例」を各自治体が制定しています。
※旅館業施行条例は自治体によって名称が異なる場合があります。
上記のように、条例は「法令に反しない」ことが条件になっています。
つまり「旅館業法>施行令>施行規則>条例」の序列になるのが原則です。
旅館業法では、以下のように施設の「換気、採光、照明、防湿及び清潔その他宿泊者の衛生に必要な措置」は各自治体が条例で定めて、それ以外は政令で定めるとしています。
つまり、「これらの事項は旅館業法の範囲内で自治体や内閣が細かいことを決めていいですよ」ということです。
第四条 営業者は、営業の施設について、換気、採光、照明、防湿及び清潔その他宿泊者の衛生に必要な措置を講じなければならない。
2 前項の措置の基準については、都道府県が条例で、これを定める。
3 第一項に規定する事項を除くほか、営業者は、営業の施設を利用させるについては、政令で定める基準によらなければならない。
このように上位の法令の範囲内で下位の法令が個別的具体的事項について決めるの認めることを「委任」といいます。
旅館業法では、「換気、採光、照明、防湿及び清潔その他宿泊者の衛生に必要な措置」の基準を条例に委任していますので、これが自治体によって旅館業許可の基準が異なる理由の一つになっています。
上乗せ条例とは
先程みました「条例は法令の範囲内で制定できる」ということは、「法令よりも厳しい内容の条例は制定出来ない」とも解釈出来ます。
今まで簡易宿所でのフロントの設置義務を条例で定めるように求めていたのは、法令ではなく、厚生労働省から都道府県知事へ出した「通知」というものでした。
「通知」とは
「通知」は法令ではなく、特定の事項を知らせる行為です。
例えば、今回の簡易宿所のフロント設置の緩和は「通知」に書かれたものです。
この通知を見て頂くと「厚生労働省医薬・生活衛生局 生活衛生・食品安全部長」から都道府県知事へ、旅館業法施行令の改定に伴っての連絡事項が書かれています。
そもそも旅館業法には簡易宿所のフロント設置義務は明記されていないのですが、以前に都道府県知事にあてて出された「通知」によってフロント設置をするように求めていました。
今回はその「簡易宿所のフロント設置の義務要求」の通知を変更して、10人未満でかつ緊急時の対応体制を整えるなどの条件下では「簡易宿所のフロント設置は不要」としたのです。
(平成28年3月30日通知 旅館業法施行令の一部を改正する政令の施行等について)
「上乗せ条例」とは
このように簡易宿所のフロント設置に関して「通知」には書かれていますが、法律である「旅館業法」には明文化されていません。
今回の旅館業法施行令の改正でも「フロント設置義務」も「フロント設置不要」もどちらも明文化されていません。
つまり法律と命令どちらにも「フロント設置義務」は明文化されていないのです。
それでは、条例では、法令の基準よりも厳しい基準を設定することはできないのでしょうか。
実は、出来る場合もあるのです。
法令の基準よりも厳しい基準を制定した条例を「上乗せ条例」といいます。
条例では、法令よりも厳しい「簡易宿所のフロント設置」を義務付けることは出来ないように思えるのですが、法令より厳しい条例を制定することは、必ずしも憲法違反にあたるわけではないという最高裁の判例があります。
(詳しく説明を書くと長くなるので省略しますが、ご興味のある方は「徳島市公安条例事件」で調べてみて下さい。)
これまでは厚生労働省からの簡易宿所のフロント設置を求める「通知」に応える形で、自治体が条例でフロント設置を義務付けていたわけです。
ですから、各自治体が条例で「フロント設置義務」を定めた場合、上乗せ条例ではありますが、違法ということにはならないと思います。
このフロントの設置を義務付けるかどうかは自治体の判断になります。
この法令よりも厳しい基準(上乗せ条例)を制定しているかという点も、自治体によって旅館業許可の基準が異なる理由の一つになっています。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
「旅館業法」では、旅館業の営業形態や全体的なルールが決めて、その旅館業法を運用するための細かいルールは政令、省令、条例で決められているということが、ご理解いただけたかと思います。
特に「換気、採光、照明、防湿及び清潔その他宿泊者の衛生に必要な措置」は条例で定める(委任)とされています。
さらにフロント設置など旅館業法に明文化されていない基準を条例で許可基準(上乗せ条例)にしている自治体もあります。
この「委任」と「上乗せ条例」が自治体によって旅館業許可の基準が異なる理由なのです。
ですから、「○○市で許可がとれたから、△△市でも取れるだろう」という考えは危険です。
民泊ビジネスを始める前には、必ず管轄の保健所に相談にいかれることをお勧めします。