宿泊施設の容積率緩和

「マンションの一室だと近隣トラブルもあるので、まるまる一棟で旅館業許可取って民泊を始めたいのですが」というご相談を頂く機会があります。

「一棟そのままであれば旅館・ホテルと同じなので、問題無いのでは?」と思われるかもしれないのですが、実は今までは「容積率の制限」という壁があったのです。

2016年6月13日に、その「容積率の制限」に関しての緩和がありました。(宿泊施設の整備に着目した容積率緩和制度の創設に係る通知を発出

それでは、今まで、何故一棟マンションで旅館業許可が取りにくかったのか、そして今後どのようになると考えられるのかを、わかりやすくご説明したいと思います。

容積率とは

容積率

容積率とは、敷地面積に対する建築物の延床面積の割合です。

延床面積とは、建物の各階の床面積の合計のことをいいます。

つまり、敷地全体の面積に対して、建物の各階の床面積を足した面積がどれくらいの割合なのかを表わしているのが「容積率」です。

たとえば、100㎡の敷地に、1階の床面積75㎡、2階の床面積25㎡の2階建の建物があったとします。

この建物の延床面積は、75㎡+25㎡=100㎡となります。

敷地面積が100㎡で、延床面積が100㎡ですので、容積率は100%ということになります。

もし、2階の床面積が1階と同じ75㎡の場合は、延床面積が150㎡になりますので、容積率は150%となります。

なぜ、容積率を制限するの?

もし住宅街の真ん中に突然工場が出来たら、その住宅街に住んでいる人達の生活はどうなるでしょうか?

騒音や粉塵などで著しく生活環境が悪化する可能性もありますよね。

そういったことがおこらないように、都市計画法という法律で「この地域は住宅や小さな店舗しかつくってはいけません」というように、住居、商業、工業など市街地の大枠としての土地利用を定めているのです。(詳しくは『用途地域とは』をご参照下さい。)

この用途地域ごとに、都市計画の観点から、地方自治体によって容積率の上限が定められています。

これを「指定容積率」といいます。

工場と住宅が一緒に建つといろいろな問題が発生することはわかりますが、何故、住宅や商業などの用途制限以外に、容積率の制限まで必要なのでしょうか。

容積率を制限する理由

例えば、あなたの両隣の家に突然天高く見上げるような高層マンションが建った場合を想像してみてください。

容積率を制限しなければ、土地の所有者が物理的に可能な高さまで建物を建てることが出来てしまいます。

いくら用途が住宅であっても、そんな建物に囲まれてしまったら、左右からの圧迫感と一日中暗くじめじめした環境になってしまって、快適な生活を送ることができないですよね。

特に住宅街の場合は、極端に高い建物があると日が当らないなどの生活上のトラブルも予想されますので、都市計画の観点から、容積率を比較的小さい数値に設定されています。

逆に店舗や企業を集めて商業を発展させる目的の地域は容積率を比較的大きい数値に設定されています。

マンションの容積率の特例とは

マンションの容積率計算方法

マンションなど共同住宅の容積率を計算する場合、共用部分は延床面積から除外されるという特例があります。

延床面積の計算に含めない共用部分とは、以下のような部分を指します。

  • 廊下
  • 階段
  • エントランスホール
  • エレベーターホール(エレベーター自体は算入)
  • バルコニー(2mを超える部分は容積率に算入)

余談ですが、なぜ個々の部屋のバルコニーが共用部分になるのかを調べたところ、消防法で定める「二方向非難」といって居室の出入り口(玄関)以外にバルコニーなども避難経路になるため、共用部分になるのだそうです。

これらの共用部分は延床面積に入りませんので、住宅用マンションの場合、同じ容積率の制限のある地域であっても、商業用建物よりも大きな容積の建物を建てられるということになります。

容積率の特例

例えば、容積率400%の地域で、200㎡の敷地にマンションを建てる場合を考えてみましょう。

この場合、敷地200㎡×容積率400%なので、延床面積800㎡の建物を建てることが出来ます。

このマンションを、わかりやすく全フロアが各100㎡、そのうち共用部分が20㎡だとします。

住宅用マンションの場合、容積率を計算する際の延床面積は共用部分を含みませんから、各フロアの床面積は100㎡-共用部分20㎡=80㎡になります。

そうすると、延床面積800㎡まで建てられますから、10階建のマンション(実際の延床面積は1,000㎡の建物)が建てられるということになります。

住宅用以外ではこの特例は適用されませんので、1フロア100㎡で8階建ての建物(実際の延床面積800㎡の建物)しか建てることができません。

これが、マンションの容積率の特例と呼ばれるものです。

一棟マンションで旅館業許可が難しい理由

用途変更不可

先程ご説明しましたように、住宅用マンションは容積率の優遇があるので、通常はこの特例を利用した容積率で建築されます。

つまり、ほとんどの場合が住宅用マンションの特例を適用した、通常の建物よりも大きい延床面積で建築されています。

ここで、ポイントになるのが「住宅用以外にはマンションの特例は適用されない」という点です。

マンション一棟を宿泊施設として旅館業の許可を取得する場合、「住宅」から「ホテル、旅館等」に、建物の用途変更をしなければいけません。

すでにお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、宿泊施設(ホテル、旅館、簡易宿所等)は住宅マンションではありませんので、マンションの容積率の特例が適用されないのです。

先程の例で言いますと、特例を受けた状態で延床面積1000㎡の住宅用マンションを建てて、それをホテルなどの宿泊施設に用途変更しようとした場合、延床面積が200㎡オーバーしているために用途変更が出来ないのです。

この「容積率がオーバーするので用途変更が出来ない」という点が、一棟マンションで旅館業許可がとれない最も大きな理由なのです。

容積率緩和制度の創設

「明日の日本を支える観光ビジョン」の中で、宿泊施設の整備促進に向けた取組として盛り込まれていた、「宿泊施設の整備に着目した容積率緩和制度の創設」について、2016年6月13日付けで国土交通省より各自治体あてに通知が発出されました。

今回の「容積率緩和制度」は、宿泊施設の整備に着目して容積率を緩和するものとされています。

その全部又は一部を宿泊施設の用に供する建築物の新築(建替えを含む。)のみならず、既存の宿泊施設の増築若しくは改築又は既存建築物の宿泊施設への用途変更の際にも適用が可能である。

上記「既存建物の用途変更の際にも適用が可能」と明記されているように、今回の緩和は、既存建築物を宿泊施設へ用途変更する際の大きな壁となっていた容積率の問題を解決することを意識したものだと思います。

容積率緩和の内容

今回の容積率の緩和は、あくまで「宿泊施設の整備に着目した」ものですので、全ての建物に適用されるものではありません。

また、宿泊施設部分とそれ以外の部分がある場合は宿泊施設部分に対して適用するというものです。

それでは、どのように適用されるのかを見てみましょう。

宿泊施設部分の割合に応じた緩和の基本的な考え方

国土交通省の通知には、基本的な考え方として、「例えば、建築物の指定容積率の 1.5 倍以下、かつ、指定容積率に 300 パーセントを加えたものを上限として緩和することが考えられる」と、記されています。

つまり、宿泊施設部分は、「指定容積率の1.5倍かつ+300%以下」の2つの条件を兼ね備える数値(数値が小さい方)まで容積率が緩和されることになります。

例えば、指定容積率400%の場合、全てが宿泊施設部分とすると、「1.5倍(400%×1.5倍=600%)かつ+300%以下(400%+300%=700%以下)」なので、600%まで緩和されることになります。

もし宿泊施設部分が半分の建物の場合、宿泊施設部分は、「400%(指定容積率)÷2(半分)×1.5倍=300%かつ400%÷2+150%=350%以下」なので、小さい方の300%となります。

宿泊施設部分以外は適用されませんので、400%÷2=200%に宿泊施設部分の300%を加えて500%の容積率となります。(下図参照:国土交通省資料)

容積率緩和の基本的考え方

公共貢献による緩和と併せて行う場合の考え方

容積率の緩和は、今回の宿泊施設だけではなく、「公共施設整備等による緩和」というものもあります。

例えば、建物に緑を植えて緑化したり、地下鉄の出入り口と建て物をつなげて公共貢献が評価されたりした場合、容積率が緩和される場合があります。

このように公共貢献による容積率緩和を受けた建物の宿泊施設部分に対して、さらに緩和を認めるというのが「公共貢献による緩和と併せて行う場合の考え方」です。

今回の通知に「具体的には、例えば、宿泊施設部分の床面積の合計の当該建築物の延べ面積に対する割合に応じて、公共施設整備等による緩和後の容積率の 1.5 倍以下、かつ、緩和後の容積率に 300 パーセントを加えたものを上限として緩和することが考えられる。」と記されています。

つまり、公共貢献による緩和を受けている建物でも、宿泊施設部分は、さらに指定容積率の1.5倍か+300%以下のどちらか小さい数値まで緩和されるということになります。(下図参照:国土交通省資料)

公共施設整備等の公共貢献による緩和

忘れてはいけない!容積率緩和の注意点

今回の容積率緩和が実施されれば、ほとんどの一棟マンションが用途変更のための容積率問題をクリアできるように思えますが、ここで一つ重要なポイントがあります。

それは、今回の緩和は「通知」であって、緩和を実行する決定権は各自治体にあるということです。

国(国土交通省)は、「こんな緩和をすることもできますよ」と各自治体に通知しているだけであって、「緩和を実行しなさい」という強制力はありません。

容積率の緩和を実施するかどうかは、各自治体の判断に委ねられているのです。

民泊に対する自治体の温度差

自治体の温度差

民泊は近隣住民とのトラブルが社会問題化していることもあり、規制緩和には慎重になっている自治体も多いといえます。

2016年4月にマンションの一室でおこなう民泊の壁となっていたフロント設置義務をなくす通知が出された時には、通知内容に反してフロント設置義務をあえて規定するような条例が制定されたケースもありました。(『東京都台東区で民泊に関する条例改正案を可決』をご参照下さい)

リゾート地で有名な長野県軽井沢町では、2016年3月に、町内での民泊を禁止する意向を発表しました。(詳しくは『軽井沢町の町内全域「民泊禁止」方針発表』をご参照下さい。)

また、民泊条例を制定するなど、民泊にはかなり前向きに感じる大阪府ですが、同じ大阪府の中でも積極派の自治体、消極派の自治体、慎重派の自治体があります。(詳しくは『自治体による民泊条例の違い』をご参照下さい。)

各特定行政庁の許可基準(2023年10月21日更新)

各自治体では、ホームページ上で許可基準などを随時公表しています。

具体的な物件のご相談などは、管轄の窓口に直接お問い合わせされるのが良いかと思います。

都道府県自治体名公開状況
北海道札幌市HP上で公開
宮城県仙台市HP上で公開
埼玉県さいたま市HP上で公開
埼玉県越谷市HP上で公開
千葉県松戸市窓口で配布
千葉県市原市窓口で配布
東京都東京都HP上で公開
東京都千代田区HP上で公開
東京都港区HP上で公開
東京都渋谷区要問い合わせ
東京都調布市窓口で配布
東京都町田市窓口で配布
神奈川県横浜市HP上で公開
神奈川県小田原市HP上で公開
愛知県名古屋市HP上で公開
大阪府大阪市HP上で公開
兵庫県兵庫県HP上で公開
兵庫県神戸市HP上で公開
兵庫県尼崎市HP上で公開
福岡県福岡市HP上で公開
沖縄県那覇市HP上で公開

まとめ

まとめ

いかがでしたでしょうか。

2016年4月のフロント設置義務の条件緩和に続いて、2016年6月の宿泊施設部分の容積率緩和など、国としては民泊をはじめとした宿泊施設の整備促進を目指していることを感じられたと思います。

そして、フロント設置義務にしても、容積率にしても、緩和をするかどうかの判断は、各自治体に委ねられているという点が、今後の緩和のポイントになるということもご理解頂けたかと思います。

民泊は地域の生活環境にも直接影響するものですので、各自治体が慎重になるのも当然のことだと思います。

今回の容積率の緩和で、今まで一棟マンションでの旅館業許可を断念されていた方々は、一度物件の管轄の自治体窓口にいかれて、容積率緩和に関してご相談されるのが良いかと思います。