2016年4月1日に旅館業法施行令の一部を改正する政令が施行されました。
この改正を機に、「2016年4月からワンルームマンションでも民泊解禁!」というような情報がテレビやインターネット上で出てきていますが、本当にそうなのでしょうか?
実際、4月に入ってもワンルームマンションで民泊許可(簡易宿所の許可)が出たという話はあまり聞きません。
実は今回の条件緩和でもワンルームマンションで民泊をおこなうのは、かなり高いハードルがあるのです。
では、何故「ワンルームマンションで民泊解禁」というようなニュースが出てきたのでしょうか?
その理由と何故実際にはワンルームマンションでの民泊許可が出ていないのかをわかりやすくご説明したいと思います。
(民泊とはどういったものかは『民泊とは』のページで詳しくご説明していますのでご参照下さい。)
「ワンルームマンションで民泊解禁」と言われた理由
民泊ビジネスを始めるためには、都道府県知事から旅館業の許可、住宅宿泊事業法の届出、特区民泊の認定のいずれかの手続きをとる必要があります。
旅館業法上の許可をとって民泊とする時、旅館業は3つの営業形態に分類されていて、ワンルームマンションなどを宿泊施設として貸し出す場合、「簡易宿所」という営業形態の許可が必要になります。(詳しくは『旅館業法とは』のページをご参照下さい)
この簡易宿所の基準の内、面積基準が2016年4月1日に緩和されました。
- これまで一律に「33平方メートル以上」としていた簡易宿所の面積基準を「宿泊者が10人未満の場合は1人当たり3.3平方メートル」に緩和。
政令第九十八号
旅館業法施行令の一部を改正する政令
内閣は、旅館業法(昭和二十三年法律第百三十八号)第三条第二項の規定に基づき、この政令を制定する。
旅館業法施行令(昭和三十二年政令第百五十二号)の一部を次のように改正する。
第一条第三項第一号中「三十三平方メートル」の下に 「 (法第三条第一項の許可の申請に当たつて宿泊者の数を十人未満とする場合には、三・三平方メートルに当該宿泊者の数を乗じて得た面積) 」 を加える。
附則
この政令は、平成二十八年四月一日から施行する。
厚生労働大臣塩崎恭久
内閣総理大臣安倍晋三
それでは、面積基準が緩和されたことで、何故「ワンルームマンションで民泊解禁」と言われるようになったのかをご説明します。
「33平方メートル以上」の面積基準
ワンルームマンションには明確な定義がありませんが、一般的には10㎡から25㎡くらいの広さのものがほとんどだと思います。
つまり「33㎡以上の広さ」という条件が「ワンルームマンションの民泊」を難しくしていたのです。
条件の緩和で10人未満の宿泊者の場合、1人当たり3.3㎡となったので、例えば3人宿泊用の民泊とした場合は9.9㎡あれば条件をクリア出来ます。
これが「ワンルームマンションで民泊解禁」と言われるようになった理由の一つです。
フロントの設置に関して
旅館業法では簡易宿所の玄関帳場(フロント)設置は明記されていませんが、厚生労働省から各自治体へ「通知」という形で、「玄関帳場(フロント)又はこれに類する設備の設置」を求めていました。
その通知に応じて、多くの自治体が条例で簡易宿所のフロント設置を義務付けています。
ワンルームマンションの場合、フロントを設置するスペースの確保が困難な上に、宿泊者のチェックインの際にフロントに人がいなければいけませんので、運営面の負担が非常に大きくなり、フロント設置を義務付けている地域では、ワンルームマンションの民泊営業は、ほぼ不可能でした。
ところが、今回、2016年3月30日付けの厚生省から各自治体への「通知」で、以下のようにフロント設置に関する条件緩和を求めました。
旅館業法施行令の一部を改正する政令の施行等について
玄関帳場等の設置について、宿泊者の数を10人未満として申請がなされた施設であって、要領のⅡの第2の3(1)及び(2)に掲げる要件を満たしているときは、玄関帳場等の設備を設けることは要しないこととするところ、改正の趣旨を踏まえ、簡易宿所営業における玄関帳場等の設置について条例で規定している都道府県等においては、実態に応じた弾力的な運用や条例の改正等の必要な対応につき、特段の御配慮をお願いする。
具体的には、旅館業における衛生等管理要領 新旧対照表で、玄関帳場(フロント)に関して「現行」と「改定後」として以下のように記載されています。
改定前
適当な規模の玄関、玄関帳場又はフロント及びこれに類する設備を設けること。
その他「第1 ホテル営業及び旅館営業の施設設備の基準」の11(玄関帳場又はフロント)に準じて設けること。
改定後
適当な規模の玄関、玄関帳場又はフロント及びこれに類する設備を設けることが望ましいこと。
その他「第1 ホテル営業及び旅館営業の施設設備の基準」の11(玄関帳場又はフロント)に準じて設けることが望ましいこと。
ただし、宿泊者の数を10人未満として申請がなされた施設であって、次の各号のいずれにも該当するときは、これらの設備を設けることは要しないこと。
(1) 玄関帳場等に代替する機能を有する設備を設けることその他善良の風俗の保持を図るための措置が講じられていること。
(2) 事故が発生したときその他の緊急時における迅速な対応のための体制が整備されていること。
「フロント設置不要」と言われるようになった根拠
このように政府から自治体への「通知」で、フロント設置の条件緩和を求めたことにより、「一定条件下ではフロント設置が不要なのでワンルームでも民泊解禁!」と言われるようになったものだと考えられます。
しかし、最終的に条例を制定するのは自治体ですので、完全に全てフロントが不要となったわけではありません。
実際、後述します東京都台東区のように、今回の改定直前に、いままでフロント設置を義務付けていなかったものを、義務付けたところもありました。
※2023年11月時点、本人確認を対面又はインターネットの利用その他のICT(情報通信技術)を活用した方法により宿泊者の顔及び旅券を画像により鮮明に確認し、届出住宅の周辺地域の住民等からの苦情及び問合せに迅速に対応するために苦情及び問合せを受けてから30分以内に現地に赴くことができる体制があれば、フロント設置は不要となりました。(2022年 台東区 住宅宿泊事業者講習会資料より)
ワンルームマンションで民泊が難しい3つの理由
ワンルームマンションで民泊を始めるのに壁となっていた「面積基準」と「フロント設置義務」が緩和されたにも関わらず、当時のワンルームマンションでの民泊許可がほとんど無かったというのは何故なのでしょうか?
実は、面積基準以外にもワンルームマンションで民泊を始めるための壁があるのです。
それでは、どういった壁があるのかを見てみましょう。
用途変更の問題
建物は建築する前に、どういった用途の建物かを行政に申告しなければいけません。
一般的にはワンルームマンションは居住目的で建築されていますので「共同住宅」という用途になります。
旅館業法においての民泊施設として利用する場合は「旅館・ホテル」という用途になります。
つまり「共同住宅」から「旅館・ホテル」への用途変更をしなければいけません。
この用途変更で問題となるのが「用途地域」です。
近い地域内で住居、商業、工業といった似ている用途のものが集まっていると、それぞれにあった環境が守られ、効率的な活動を行うことができます。
例えば工場は工場で集まった方が騒音問題などの心配がなく効率的に仕事ができますよね。
住宅は住宅で集まれば閑静な住環境や計画的にきれいな景観を保つことが出来ます。
反対に、工場と住宅のように異なった土地利用が混じっていると、住宅は騒音に悩まされ、工場は苦情で操業時間が制限されたり、互いの生活環境や業務の利便が悪くなります。
そこで、都市計画法という法律で住宅地、商業地、工業地など12種類に区分して、それぞれの地域に建てられる建物の用途を決めています。
この区分された地域が「用途地域」です。
ワンルームマンションの用途は「共同住宅」です。
「共同住宅」は12地域の内、工業専用地域以外の11地域に建築可能です。
一方、民泊は「旅館・ホテル」の用途になりますので、第一種住居地域から準工業地域の6地域にしか営業することができません。
つまり、ワンルームマンションが建っている場所が「旅館・ホテル」の用途利用が出来る地域でなければ、用途変更が出来ず、民泊をおこなうことも出来ず、旅館業法上においての民泊をおこなうことも出来ないのです。
※2018年に施行された住宅宿泊事業法により、旅館業法の許可がなく用途変更をしなくても、民泊ビジネスが可能になりました。
詳しくは『建築基準法の用途変更とは』をご参照下さい。
消防設備の問題
ワンルームマンションのような共同住宅の一部で民泊を始める場合、「建物全体の延べ面積」と「民泊として活用する部分の割合」によって、必要となる消防設備が異なってきます。
延べ面積が500㎡以上のマンションであれば、旅館・ホテルと同じように自動火災報知設備を設置する義務がありますので問題無いのですが、「延べ面積が500㎡未満300㎡以上で民泊部分が1割を超える」場合は建物全体に自動火災報知機設備の設置が必要となります。
但し、無線方式のものを用いることも可能ですので、簡便な追加工事により対応することができます。
消火器については、共同住宅(マンション等)と旅館・ホテル等の設置基準が同一であるため、新たな規制はかかりません。
延べ面積300㎡未満の場合は民泊部分のみ自動火災報知機設備の設置が必要になります。
この場合特定小規模施設用自動火災報知設備の設置が可能です。
誘導灯についても先程と同様に、新たに廊下、階段等の共有部分に設置すれば足りるとされています。
一部屋だけ民泊として旅館業許可をとるのは難しいと言えます。
詳しくは『民泊に必要な消防用設備』をご参照下さい。
※2018年に施行された住宅宿泊事業法により、旅館業法の許可がなくても、民泊が可能になりました。施行前は、マンションの一部屋だけ民泊として旅館業許可をとるのは難しいと言われていました。
管理規約の問題
マンションでは、マンションの管理や使用に関して全員が守るべきルールとして「管理規約」というものを決めます。
「管理規約」はそれぞれのマンションで作成するのですが、国土交通省が50戸~100戸程度の中規模マンションを想定した「標準管理規約」をモデルとして作成しています。
ほとんどのマンションの管理規約は、この「標準管理規約」をそのまま採用しているか、「標準管理規約」をベースにして自分のマンションの事情をくんだ規定を追記するなどして、管理規約を作成しています。
以前はワンルームマンションのようなマンションの一部屋を宿泊施設として利用するようなビジネスがなかった為、「標準管理規約」の中に「民泊を禁止する」とは明記されていません。
但し、マンション標準管理規約の第12条で「区分所有者は、その専有部分を専ら住宅として使用するものとし、他の用途に供してはならない」という記述があります。
これは、「住宅専用としてしか使えないので、部屋を貸し出して営業するような民泊には使えない」と解釈出来るのですが、本来、民泊というのは自宅を人に貸すというものなので「住宅」として使用しているという意見もあります。
そこで、「民泊禁止」を明記した管理規約の改定をおこなうマンションが増えてきました。
民泊禁止の管理規約改定に関しては『管理法人組合ブリリアマーレ有明からのヒアリング』で詳しくご説明していますのでご参照下さい。
2015年12月に住友不動産が「あらかじめ民泊をできないようにした新築マンション」を発売する、と発表して話題になりました。
新築のマンションはもちろん、既存のマンションの管理規約にも「不特定多数に宿泊・滞在目的で使わせてはならない」「部屋を宿泊施設として使ってはいけない」といった規定を追加するマンションが増える可能性もあると思います。
マンションの管理規約に関しては『えっ!民泊が禁止!?マンションの「管理規約」って何?』で詳しくご説明していますのでご参照下さい。
このようにマンションの管理規約で民泊を禁止された場合、いくら用途変更して消防設備を設置したとしても民泊をおこなうことは出来ません。
管理規約は、特別多数決議( 区分所有者数および議決権数の各4分の3以上 )で改定することも可能です。
ですから、現時点で管理規約で禁止されていないので民泊を始めたとしても、後で管理規約の改定で民泊が出来なくなる可能性もありますので注意が必要です。
自治体のワンルームマンション民泊に対する対応
先程見ましたように改定で「宿泊者が10人未満の施設」と「本人確認や緊急時の体制が整備されている」場合にはフロントの設置を不要とするようにという通知がありました。
これはワンルームマンションで民泊を始めるための一つの大きな緩和です。
厚生労働省から各自治体へ「フロント設置義務の緩和」の要請はしましたが、実際にフロントの設置を不要とするかは各自治体に任されています。
ですから、必ずしも全ての自治体で「フロント設置不要」となるとは限らないのです。
それでは、いくつかの自治体の動きをみてみましょう。
東京都台東区の条例改正
旅館業法施行令の改定でフロント設置義務が無くなることを危惧して、台東区では旅館業法施行令の改定の直前に「営業時間の営業従事者の常駐」と「フロントの設置」の2点を条例で義務付けました。
台東区が規制緩和に否定的というわけではないと思うのですが、あまりに急激に緩和してしまうと、改めて規制することが難しくなるので、一旦今まで通りの規制をかけたのだと思います。
営業時間に営業従事者が常駐するということは、ワンルームマンションであれば営業時間中は宿泊者と同じ部屋で営業従事者が過ごすということになりますので、台東区では事実上ワンルームマンションでの旅館業法による民泊は出来ないと考えて良いと思います。
詳しくは『東京都台東区で民泊に関する条例改正案を可決』をご参照下さい。
軽井沢町の「民泊禁止」方針
軽井沢町では「町内での民泊施設(貸別荘を除く)は認めない」という方針を出しています。
但し、旅館業法の許可権限は軽井沢町ではなく長野県知事にありますので、民泊を認めないという方針を県に伝えて理解を求めていくような動きになるようです。
詳しくは『軽井沢町の町内全域「民泊禁止」方針発表』をご参照下さい。
「4月1日に本当に緩和があったの?」と思われた理由
「4月1日 旅館業法改正」というキーワードで検索して、「何が緩和されたのか」の政府発表のサイトを見つけられず、「本当にネットで書かれている緩和があったんですか?」というお問い合わせを当事務所にも何件か頂きました。
正式文書が見つけにくかったのは以下2点が理由なのだと思います。
旅館業法施行令の改正だった点
今回の改正は旅館業法という法律の改正ではなく、旅館業法施策例という政令の改正です。
法律の改正は国会で審議されて行われる大きな動きですが、政令の改正は内閣で制定・改正できるので、法律の改正に比べるとかなりの数にのぼります。
ですから、政令が改定されるたびに、全てを大きく発表するようなことはないのです。
フロント設置緩和は「通知」だった点
さらにネットやニュースでは「フロント設置不要に!」と大きく取り上げているところもありましたが、この根拠は、厚生労働省の医薬・生活衛生局の生活衛生・食品安全部の部長から都道府県知事に出した「通知」です。
法令の改正は官報という政府発行の機関誌に掲載されますが、法令でもない「通知」文書を政府の公式発表としてサイトの見出しなどに掲載するようなことは、ほとんどありません。
(「旅館業法施行令」や「通知」に関しては『国はOKでも都道府県はNG?「上乗せ条例」って何?』で詳しくご説明していますので、ご参照下さい。
無許可民泊に対する行政の指導
民泊(簡易宿所)の許可を取らずに営業をしている場合、旅館業法違反になり行政から指導が入る場合があります。
実際に行政の指導に従わずに逮捕されたケースや指導後に営業を取りやめたケースもあります。
『無許可民泊営業者に対する指導事例』で詳しくご説明していますので、ご参照下さい。
※2018年に施行された住宅宿泊事業法により、旅館業法の許可がなくても、民泊ビジネスが可能になりました。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
メディアでは「4月1日から民泊解禁!」「ワンルームマンションでも民泊が可能に!」といった記事を見るのに、あまり周りで「民泊を始めた」という話を聞かないなあと思われていた方は、その理由をご理解頂けたかと思います。
ワンルームマンションのような共同住宅では観光客がゴミ出しルールを守らなかったり、大声で騒いだりしてトラブルになるケースが多発しています。
そういった問題の解決策の確立と並行して規制の緩和をどのように進めるかを考えている自治体も増えています。
民泊に対する規制緩和が進むということは、緩和された条件さえも満たさずに営業している「隠れ民泊」に対しての処分も厳しく行われていくことが予想されます。
※2018年に施行された住宅宿泊事業法により、旅館業法の許可がなくても、民泊ビジネスが可能になりました。